八千代市根上神社古墳その2 |
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| 前方部より後円部を見る 確かに古墳としての高まりを感じ取れるが、比高はさほど高くないといった印象
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| 後円部より前方部を見る
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| 前方部には石碑などが多く立ち並んでいる
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| 社殿裏にあたる鞍部は、南側がざっくりと削り取られている
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| そのあたりからは何か出土していないのかと思ったが、どうやら特に出てはいないようだ
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2008年10月21日(火)21:07 | トラックバック(0) | コメント(0) | 千葉県八千代市 | 管理
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八千代市根上神社古墳その1 |
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| JR西船橋駅で乗り換えて7駅 東葉高速鉄道村上駅から八千代市郷土博物館に向かう道すがら、こんな道標を見つけて非常にびっくりした
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| この丘陵の上にある神社の裏に古墳、それも前方後円墳が存在する
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| 村上駅ホームより見る この駅に降り立ったときは「ニュータウンの中にある神社か、群馬だとこんな丘陵に神社があると、社殿裏に古墳があったりするんだよなぁ」と軽く考えていたら、ここでも本当に古墳があるのだから、本当に驚きだ
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| 千葉県八千代市根上神社古墳 千葉県八千代市にある前方後円墳である
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| 説明看板 群馬の古墳の感覚だと、前方部が北西を向いているものだと思ってしまうがさにあらず、本古墳の前方部は南東を向いているとのこと 範囲確認程度の調査しかされておらず、主体部に至っては完全に未調査で、竪穴式か横穴式かも分かっていないらしい そんな状況で、6世紀の築造と推定されているそうだが、個人的にはもう少し遡るのではないかと思う
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2008年10月20日(月)21:29 | トラックバック(0) | コメント(0) | 千葉県八千代市 | 管理
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前橋市古屋敷古墳 |
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| 前橋市古屋敷古墳 前橋市馬場町にある古墳で、上毛古墳綜覧記載漏れ
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| 昭和40(1965)年8月に群馬大学史学研究室によって発掘調査されているが、結果は非常に破壊の進んだ状態であった 墳丘北側は大半を道路で削り取られ、石室も前橋市新山1号古墳のように天井石などが失われていたとのこと
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| 現在、前橋市宮城地区に於いて唯一墳丘の残る古墳であるが、現状とは裏腹に、墳丘・石室ともに大きなもので、羨道部西壁の長さは調査時で2.22mに達していたという 状態がよくなく、石室は羨道部のみの調査であったが、この羨道部からは、鉄鏃を中心に50点以上の遺物が出土しており、刀子、刀の吊り具、鯉口なども出土している なお、埴輪は破片すら一切見当たらなかったとのことである
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| 発掘中、石室東壁裏から上部にかけて、中世の五輪塔が3基分出土している また板碑も本古墳のすぐ東から出土しており「宮城村の古墳」では墳頂部は中世の頃にすでに破壊されたと推定している この五輪塔が、本古墳の東側にある石造物の中に混じっているのかも知れない
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| 本古墳のすぐ東にある前橋市指定重要文化財の板碑と石仏 この板碑が、上記の板碑と思われる 扱われ方を見ても、本古墳よりこちらのほうが有名なようだ
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2008年10月19日(日)22:09 | トラックバック(0) | コメント(0) | 前橋市 | 管理
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前橋市新山1号古墳 |
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| 前橋市新山1号古墳 前橋市馬場町にある古墳で、上毛古墳綜覧記載漏れ
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| 標柱は県道沿いに立ってはいるが、古墳自体はもう少し奥まった場所にある といっても、墳丘自体は昭和33(1958)年の発見時点で完全に破壊されてしまっていた そのため、本古墳は円墳であったと推定されている
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| 横穴式石室の下部のみが現存しているが、訪問時はこのような状態 古墳がここにあると分かっていなければ、気づかないで通り過ぎてしまいそうだ 本古墳から北へ35mの地点には前橋市新山2号古墳が所在しているが、今回はまったく確認していない
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2008年10月18日(土)23:20 | トラックバック(0) | コメント(0) | 前橋市 | 管理
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前橋市白山古墳 |
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| 前橋市白山古墳 前橋市苗ヶ島町にある古墳で、上毛古墳綜覧記載漏れ
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| 昭和29(1954)年に発見された古墳で、円墳と推定されているが、規模などのはっきりとした数字は分かっていない 昭和40(1965)年に勢多郡宮城村村史編集委員会が発行した「宮城村の歴史」には、群馬大学の尾崎教授によって本古墳の発見時の顛末が詳しく記されている その顛末は、古墳と認識されていなかったことによる悲劇とも言える内容であった
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| かくして、現在は石室の奥壁と左右壁がわずかに残るのみであるが、8枚の和同開珎、そして佐波理の鋺などが出土している
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2008年10月17日(金)21:08 | トラックバック(0) | コメント(0) | 前橋市 | 管理
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桐生市小林4号古墳 |
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| 桐生市小林4号古墳 桐生市新里町小林にある古墳で、上毛古墳綜覧記載漏れ
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| ちょっとした高台にある墓地の裏手に鎮座するため、すぐ東にある道路からは、気づかずにそのまま通り過ぎてしまいそうな感じ
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| 古墳名は群馬県文化財情報システムに倣った。群馬県遺跡台帳では前田古墳として載っており「わずかに盛土が残り、円墳と推定される。石室及び出土品については全く不明である」らしい
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| 本古墳の位置からは、伊勢崎市赤堀町から桐生市新里町にまたがる峯岸山古墳群のある丘陵を東に望むことができ、また西を流れる川を遡れば前橋市粕川町の月田古墳群がある 本古墳は、こうした古墳群ともかかわりがありそうな気がする
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2008年10月16日(木)22:05 | トラックバック(0) | コメント(0) | 桐生市 | 管理
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勢多郡新里村第36号庚申塚古墳その2 |
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| 東から見る
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| 石室入口 開口部はほとんど埋まってしまっているようだ
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| おまけ 本古墳の南側に並ぶ庚申塔のうちのひとつ
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| 台座に彫られた「勢田郡」の文字にも目がいくが、この庚申塔・・・陽石?
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2008年10月15日(水)21:51 | トラックバック(0) | コメント(0) | 桐生市 | 管理
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勢多郡新里村第36号庚申塚古墳その1 |
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| 勢多郡新里村第36号庚申塚古墳 現在の桐生市新里町山上にある円墳で、上毛古墳綜覧では東西の大きさ40尺(約12.1m)、南北の大きさ50尺(約15.2m)、高さ11尺(3.3m)とある
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| ご覧の通り、墳丘西側が削り取られてしまっているが、綜覧記載の数字を見る限り、古くからこういった状況だったようだ
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| とはいえ、非常によく残っている古墳である
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| 北西より見る
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2008年10月14日(火)21:22 | トラックバック(0) | コメント(0) | 桐生市 | 管理
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勢多郡新里村第1号天神山古墳その2 |
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| 西より見る 北側が削り取られている様子がちょこっと見える
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| 東より見る こちら側、写真には写っていないが、歩道の傍らには大ぶりの石祠があり、これが本古墳の墳丘上に祀られていた天神様であろうと思われる
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| 小学校の外、北西より見る かなり削られているのが分かる
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| 北より見る
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| 北東より見る
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2008年10月13日(月)21:34 | トラックバック(0) | コメント(0) | 桐生市 | 管理
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勢多郡新里村第1号天神山古墳その1 |
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| 勢多郡新里村第1号天神山古墳 現在の桐生市新里町小林にある円墳で、上毛古墳綜覧では東西の大きさ105尺(約31.8m)、南北の大きさ48尺(約14.5m)、高さ11尺(約3.3m)とある
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| 説明看板
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| 石室入口 所在の小学校の子どもたちが中に潜り込んだりしていたのだろう、現在石室内部は埋められており、入れない状態である
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| 上から見る わずかに前庭部があるのが分かる
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| 手前を駐車場、裏を道に挟まれた状態であるが、桐生市新里町地区では非常に恵まれた保存状態
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2008年10月12日(日)21:59 | トラックバック(0) | コメント(0) | 桐生市 | 管理
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