厩橋どんぶり塚古墳
 
上毛古墳綜覧(昭和10年群馬県下一斉調査・昭和13年発行)をベースに巡る古墳ブログ    群馬県外の古墳にも浮気しつつ、ゆるゆると更新停滞中
 



2008年4月を表示

相馬ヶ原その1

出発したときは降ってなかったのに、途中から降り出してしまった、今日の相馬ヶ原訪問
左手に傘を持ち、ショルダーバッグにはレンズ拭きタオルを突っ込み、右肩には銀塩一眼レフも提げて
どれだけ重装備なんだよオレ・・・



ところで最近は「メディーック!」なクルマがお気に入りだったりする
飛行場の裏にもいたので、こちらもついつい撮ってしまった



気のせいでも何でもなく、相馬ヶ原に行くたびに毎回巡察所の偵察オートバイを撮っている
今回は雨なので、雨よけの天幕が張られていて、また別の雰囲気があった



その巡察所の横に置かれていたもの
これは何だ? 架橋?



さて、飛行場まで行く途中であれこれ見たところで行進開始


2008年4月13日(日)17:32 | トラックバック(0) | コメント(0) | 自衛さん | 管理

いなり塚古墳

上毛古墳綜覧では
勢多郡横野村第31号稲荷塚
とも書かれている円墳
現在の渋川市旧赤城村樽字野本地区、この辺りに唯一残った古墳でもある



昭和10年の記録では、東西36尺、南北48尺、高さ15尺とあり、換算するとそれぞれ約10.9m、約14.5m、4.5mとなる


北西から墳丘を見る
ここの東を南北に走る上越線からこの古墳はよく見える
渋川を出て利根川を渡り左カーブが終わった先、いちご園が西側に見え始める辺りにある



石室入口
服に種子がくっつく草がいっぱい生えていて
撮り終えたあとがえらいことになった



石室内部
入口に柵があり、中には入れないので、隙間からレンズを突っ込んで撮影



2008年4月12日(土)20:50 | トラックバック(0) | コメント(0) | 渋川市 | 管理

化学防護車

去年の春の相馬ヶ原で撮ったもの
あんまし詳しい車輌データは書かないけど
結構面白い外観していると思う



運転席の上の構造物が、艦船の構造物に見えるのはオレだけでいい
とか言ってみたりして
風向計も標準装備なのがミソ



プラモも一応出ているんだけど、まだ持ってない
ちなみに背後にドアがあるんだけど、車内は撮影禁止だったので撮ってない
というかその貼り紙があったからドアの閉まっている写真すら撮ってない
明後日の相馬ヶ原の公開で展示されていれば、撮り直してこようと思う



2008年4月11日(金)21:07 | トラックバック(0) | コメント(0) | 自衛さん | 管理

南下古墳群E号墳

E号墳石室入口
径約17m、高さ約2mの円墳または方墳
周辺の改変が著しいため、正確に把握できていないとのこと
7世紀後半の築造と推定されているが、A号墳よりは時期がやや下るらしい



石室内部、奥壁部分のややアップ
石室内は極めて精緻な截石切組積で、A号墳より規模は大幅に縮小されているものの、石材加工技術や切組の手法は進んでいる
写真に写っているが、A号墳同様に朱線が残っており、その数は170本にもなるらしい

なお、F号墳は石室が開口していないということで、墳丘外観の写真すら撮ってない(ぉ



2008年4月10日(木)20:55 | トラックバック(0) | コメント(0) | 北群馬郡吉岡町 | 管理

南下古墳群C号墳・D号墳

C号墳石室入口
丘陵頂部に築かれた、径約19m、高さ約3.7mの円墳
6世紀中葉から後半頃の築造と推定されている



石室は自然石乱石積の無袖型、珍しく東向きに開口


D号墳の墳丘
径約13m、高さ約2mの円墳とされているが、墳頂部が宅地になっているなど、かなり削平・改変されている一基
見学時、当初これがD号墳であるとまったく気付かなかった
7世紀中頃の築造と推定されているが、B号墳より時期が若干遡る可能性があるらしい



何分も墳丘周辺をうろうろして、ようやく見つけた石室入口
石室内部の写真は撮っていないが、山石と川原石を混用した乱石積で南西方向に開口
羨道(入口の道部分)と玄室の境には二、三段に石を積んだ玄門が存在するらしい



2008年4月10日(木)20:44 | トラックバック(0) | コメント(0) | 北群馬郡吉岡町 | 管理

南下古墳群A号墳・B号墳

吉岡町にある古墳群
そのほとんどが石室が開口しており、ひととおり見学できる貴重なもの
この看板で、何も書かれていない緑丸が石室の開口が確認されていないF号墳
そして看板の裏にあるのがE号墳



A号墳を東側から見る
同じ吉岡町の三津屋古墳に置いてあるパンフレットによると、二段構築の円墳らしい
径20~27m、高さ4m以上、埴輪の使用は確認できていない
7世紀後半の築造と推定されている



石室内は角閃石安山岩截石切組積(きりいしきりくみづみ)
奥の玄室壁面には漆喰様の塗りものの痕跡があり、また切組の石材加工の際の朱線があるとのことだが、見学時に見つけることができなかった



B号墳石室入口
墳丘外観は、木立に覆われていてやや見づらい
径約30m、高さ約6mの円墳
7世紀中頃の築造と推定されている



石室内は自然石主体の乱石積だが、玄門(写真に写っている門構えに直線状の石)に切石、玄室奥壁には一部切組
規模の割に天井が高く、この付近では珍しい形態
玄室石材の隙間に漆喰様の詰めものの痕跡があるらしい



2008年4月10日(木)20:25 | トラックバック(0) | コメント(0) | 北群馬郡吉岡町 | 管理

YZR500 '01仕様

これまた2年ちょっと前に撮影
その後、ごく一部のデカール貼りを残したまま放置してたら、アッパーカウルのスクリーンが行方不明になってしまった・・・

車体の前に転がっているのは排気管というかチャンバーそれとステップ
後ろにはTZ250M '93仕様のエンジンとスタンドが置いてあったり



アンダーカウルのない状態
まだ貼っていない一部のデカールがどれなのか、分かる人はいるだろうか・・・



2008年4月9日(水)22:01 | トラックバック(0) | コメント(2) | 模型 | 管理

蛇穴山古墳

初めて見学したのが、小学校の社会科見学だった
この周辺、総社古墳群だの天狗岩用水だの総社城跡だの、前橋の歴史資料が多いのでそれらとまとめて見学したのを覚えている
これは先日の訪問の時に、北側から撮ったもの



昨年春から古墳訪問をするようになったが、前橋市内のものとしては2番目(トータルでは4番目)に訪問している
この画像はそのときのもの
ちなみに前橋市内の1番目は、お隣の宝塔山古墳



別に見に行くたびにいちいち撮っているわけではないが、何かと見に行く証拠写真
知り合いにこのバイクを借りたとき、何とはなしに行ってしまうあたり、この場所周辺に縁があるんだろうなぁ
その縁がどんな縁かは、宝塔山古墳の話をするときに語ろうと思う



2008年4月8日(火)19:53 | トラックバック(0) | コメント(0) | 前橋市 | 管理

天川二子山古墳

上毛古墳綜覧前橋市第1号二子山古墳
今は「前橋二子山」とか「天川二子山」と言うことが多いかな
蛇穴山古墳と違い、直接目の前まで行くということはほとんどないけど、南側にあるこの道路を通ることは比較的多い



北西側の前方部基壇より
二段構築の墳丘がよく残っている



前方部墳頂より後円部を望む
桜の花びらの絨毯がとても美しかった



北東側より見る
墳丘の形をはっきり見られるのは、実はこちら側だったりする



2008年4月8日(火)18:41 | トラックバック(0) | コメント(0) | 前橋市 | 管理

ZX-12R

2年ちょい前に作ったもの
ヒールガードとかブレーキディスクとか
穴を開けてあるのがミソ

下に敷いた辞書は現在所在不明(ぉ



2008年4月8日(火)00:06 | トラックバック(0) | コメント(2) | 模型 | 管理


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