宝塔山古墳 |
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| 前橋市宝塔山古墳 一辺が50m以上ある大型方墳で、南側に幅約20mの周堀の跡が確認されている 名前の由来は、復原図の文面を参照・・・とはいえ、実はこの秋元家、おいらの先祖の主人でもあったりする 前橋市の古墳としては初めて訪れたことになるわけだけど、訪れた当時このことは知らなかったはず・・・
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| 古墳の傍らにある推定復原図 この図では三段に構築されているが、手元の資料では二段構築とある・・・どっちが正しいんだ?w
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| 石室入口 この上に総社藩主秋元家はじめ何やら古そうな墓がいくつも建っている
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| 石室内部、羨道から玄室や石棺を見る 群馬県内の後期古墳の例に違わず、ここも角閃石安山岩の截石切組積で、なかなかに壮観な作りをしている 壁面には漆喰や壁画があったと推定されている
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| 脚部に格座間(こうざま)をくり込んだ、精緻な作りの家型石棺 中身についてはおいらまったく関知しないのでそのつもりで・・・どうせ空だろうけどねw
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2008年4月18日(金)23:20 | トラックバック(0) | コメント(2) | 前橋市 | 管理
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1: お初です。
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| まえどんさん、お初です。南下古墳群の検索でここにたどりつきました。宝塔山古墳いいですねー。最高です。とりあえずお気に入りに登録です。 ところで、まえどんさんはひょっとして、あのヒトですか? ちなみにわたし90式より74式の方が好みです。
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by 群馬のしろうと考古学 | 2008年4月19日(土)13:52
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2: こんばんは
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| ようこそお越しくださいました。ご推察の通り、あのヒトですw 枚数的に、あちら(どこかはお分かりですね)では貼れないので画像サイズもいじらずにここで貼っております 近々、例のビニールハウスの見える古墳周辺にも出没する予定ですので、よろしくお願いしますね 74式は相馬ヶ原の正門横にあるので、ごくたまに門外から見に行きます。90式はまだ一度も生で見たことがありません
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by ま(ry | 2008年4月19日(土)22:06
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