厩橋どんぶり塚古墳
 
上毛古墳綜覧(昭和10年群馬県下一斉調査・昭和13年発行)をベースに巡る古墳ブログ    群馬県外の古墳にも浮気しつつ、ゆるゆると更新停滞中
 



2009年3月を表示

勢多郡横野村第29号古墳その1

勢多郡横野村第29号古墳
勢多郡赤城村を経て、現在の渋川市赤城町樽にある円墳で、上毛古墳綜覧では径72尺(約21.8m)、高さ18尺(約5.5m)とある



綜覧では土器、直刀が出土したとあるが、所有者の方の話では所在不明らしい


所有者の方に許可をいただき、敷地内から見学
残念ながら、だいぶいじられている印象だ



墳頂部


2009年3月31日(火)21:27 | トラックバック(0) | コメント(0) | 渋川市 | 管理

勢多郡横野村第27号弁天塚古墳

勢多郡横野村第27号弁天塚古墳
勢多郡赤城村を経て、現在の渋川市赤城町樽にある円墳で、上毛古墳綜覧では径24尺(約7.3m)、高さ8尺(約2.4m)とある



この塚の頂部には弁天様をはじめとする石造物が立ち並び、これが弁天塚古墳かと思ったが、群馬県文化財情報システムでプロットされた位置と違っていた
さらに、群馬県遺跡台帳には「第27号墳は石置場頂は石祠」とあり、見学時に非常に混乱した



これはおかしいと思い、周囲を見回したところ、塚の北西に怪しげな石祠を発見。巨石の上に載っかっているあたりが、遺跡台帳の記述そのままだ
さっそく渋川市教育委員会に確認したところ、非常に興味深い話を伺った



この辺りは早くに圃場整備がなされ、調査をする前に弁天塚古墳をはじめとする古墳群のほとんどは消滅してしまい、原位置の特定すらできない状態であるとのこと


そしてこの巨石、弁天塚古墳の石室材(大きさからみて、奥壁であろうとのこと)であるとは100%断定できないものの、間違いなく古墳の石室材であり、弁天塚古墳のものである可能性は極めて高いとの話であった


2009年3月30日(月)21:53 | トラックバック(0) | コメント(0) | 渋川市 | 管理

勢多郡横野村第24号権現塚古墳その2

墳丘西側には石室材が露出している


中央上には、手首が突っ込める程度の穴があった
渋川市教育委員会で伺った話では、この奥に横穴式石室が現存しているとのこと



上毛古墳綜覧では、周辺には綜覧勢多郡横野村第23号古墳と綜覧勢多郡横野村第25号古墳の2基の存在が記録されているが、どちらも消滅
特に綜覧勢多郡横野村第25号古墳はつい近年まで残っていたようだが、土地の所有者の話では、宅地化で完全に消滅したとの話であった



2009年3月29日(日)21:06 | トラックバック(0) | コメント(0) | 渋川市 | 管理

勢多郡横野村第24号権現塚古墳その1

勢多郡横野村第24号権現塚古墳
勢多郡赤城村を経て、現在の渋川市赤城町宮田にある円墳で、上毛古墳綜覧では東西の大きさ24尺(約7.3m)、南北の大きさ45尺(約13.6m)、東の高さ6尺(約1.8m)、西の高さ18尺(約5.5m)とある



墳頂部には石祠が祀られており、地元の人たちは口を揃えて「権現様」と呼んでいた


現在、段々畑の端にわずかにこんもりと残るだけだが、綜覧記載の数字を見ても分かるとおり、かつてはもっと規模が大きかったようだ


この段々畑も利根川の河岸段丘で、墳丘の向こうに利根川が流れている


2009年3月28日(土)21:29 | トラックバック(0) | コメント(0) | 渋川市 | 管理

勢多郡横野村第20号古墳その2

墳丘上には、石室材らしきものがわずかに露出している


こちらは葺石だろうか


向こうに山が見え、右手には河岸段丘
見ていて何となく落ち着く景色だ



その河岸段丘の下から見上げてみる


2009年3月27日(金)22:39 | トラックバック(0) | コメント(0) | 渋川市 | 管理

勢多郡横野村第20号古墳その1

勢多郡横野村第20号古墳
勢多郡赤城村を経て、現在の渋川市赤城町宮田にある円墳で、上毛古墳綜覧では東西の大きさ24尺(約7.3m)、南北の大きさ22尺(約6.7m)、高さ6尺(約1.8m)とある



現状を見る限り、綜覧記載の規模とあまり変わっていないようだ


かつてこの周辺には、他に何基かの古墳があったようだが、群馬県遺跡台帳によれば綜覧勢多郡横野村第19号古墳は昭和22(1947)年の水害(カスリン台風と推定される)で消失したとのこと


さらに墳丘北側にも綜覧勢多郡横野村第21号古墳と綜覧勢多郡横野村第22号古墳が所在していたが、どちらも削平されたようだ


2009年3月26日(木)21:25 | トラックバック(0) | コメント(0) | 渋川市 | 管理

勢多郡横野村第17号大塚古墳

勢多郡横野村第17号大塚古墳
勢多郡赤城村を経て、現在の渋川市赤城町溝呂木にある円墳で、上毛古墳綜覧では東西の大きさ70尺(約21.2m)、南北の大きさ80尺(約24.2m)、東の高さ12尺(約3.6m)、西の高さ18尺(約5.5m)とある



手前の道路は旧沼田街道
古くから交通の要所だった場所に、墳丘は現存している



墳丘上は愛宕神社となっている
東側はそのまま宅地につながっており、かつてはこちらまで墳丘があったようだ



墳頂部
群馬県遺跡台帳では「墳丘は平夷されて」いるとある



さて、その割に出土品の話を聞かないのだが・・・?


2009年3月25日(水)21:07 | トラックバック(0) | コメント(0) | 渋川市 | 管理

勢多郡横野村第14号地蔵塚古墳その2

北西より見る


墳頂部
一見、今ではあまりお参りする人もいないのかと思ったが、近所の方の話では「今でもちゃんとお祀りしている」とのこと



墳丘上にある石碑群
なかなかに豪放磊落な印象



「年申壬九化文」と彫り込まれた道祖神もある


2009年3月24日(火)21:13 | トラックバック(0) | コメント(0) | 渋川市 | 管理

勢多郡横野村第14号地蔵塚古墳その1

勢多郡横野村第14号地蔵塚古墳
勢多郡赤城村を経て、現在の渋川市赤城町上三原田にある円墳で、上毛古墳綜覧では東西の大きさ41尺(約12.4m)、南北の大きさ57尺(約17.3m)、高さ15尺(約4.5m)とある



群馬県遺跡台帳では径10m、高さ5mとあり、周囲をいくらか削り取られているようだ


現在でも、墳丘はけっこうな高さがある


2009年3月23日(月)20:48 | トラックバック(0) | コメント(0) | 渋川市 | 管理

勢多郡横野村第8号十二塚古墳

勢多郡横野村第8号十二塚古墳
勢多郡赤城村を経て、現在の渋川市赤城町三原田にあった円墳で、上毛古墳綜覧では東西の大きさ23尺(約6.9m)、南北の大きさ29尺(約8.8.m)、高さ3尺(約0.9m)とある



群馬県遺跡台帳には「頂上に十二様を祀る」とある
墳丘周辺には縄文時代の住居跡があり、平成10(1998)年度に中畦遺跡として赤城村教育委員会による発掘調査がなされ、平成12(2000)年に調査報告書が発行されている



その調査報告書を読んでいて気付いたのだが、どうも現在十二様の石祠が鎮座する場所とは違うように思えたので、渋川市教育委員会に直接問い合わせたところ、納得いく回答を得られた


十二様がある位置は本古墳の旧位置ではなく、もう少し南側にあったとのこと
墳丘自体は調査後削平されており、また画像に写っている石も、古墳の石室材ではないとの話であった



2009年3月22日(日)21:20 | トラックバック(0) | コメント(0) | 渋川市 | 管理


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