厩橋どんぶり塚古墳
 
上毛古墳綜覧(昭和10年群馬県下一斉調査・昭和13年発行)をベースに巡る古墳ブログ    群馬県外の古墳にも浮気しつつ、ゆるゆると更新停滞中
 



2008年6月4日を表示

前橋市山王廃寺その4

金堂の北東端部と推定される辺り
版築が見られる



見学寺にいつも使っていた駐輪場の下にも遺構があった


西側回廊部分
礎石を据え付けた根石が見つかっている



日枝神社の南側で見つかった廃棄土坑
周囲は住宅になっており、庭などのわずかな空き地を発掘したため、こんな範囲でしか調査ができていないらしい



そのアップ
瓦の破片や土器などが大量に見つかっている



2008年6月4日(水)20:21 | トラックバック(0) | コメント(0) | 前橋市 | 管理

前橋市山王廃寺その3

日枝神社内の塔心礎
総社町史によれば、大正10年7月発掘とのこと
しかし説明会では、大正初期に村の青年会でゴミ捨ての穴を掘っていたら出てきたと聞かされた



根巻石
町史では、こちらは昭和10年7月に発掘され、すぐ近所の個人宅の井戸枠に使用されていたとのこと



これも日枝神社内に置かれているもので、山王廃寺の礎石と思われる遺物だとの説明だった


同様の礎石と見られる遺物はもう1つあって、こちらは石碑の台座になっている
上には木花開耶姫命の文字が彫られた石碑が載っかっている



日枝神社の北東、五千石用水沿いの個人宅の庭に安置された石製鴟尾
現在、石製の鴟尾は3例しか見つかっておらず、そのうちの2例がここと日枝神社にある
残りの1例は鳥取県西伯郡伯耆町にあるらしい



2008年6月4日(水)20:10 | トラックバック(0) | コメント(0) | 前橋市 | 管理

前橋市山王廃寺その2

こういう説明は、あるととても重宝する


根元の黒い部分は、焼け焦げたあとだろうか?


こちらにも黒い部分がある


このあたりは今の瓦に近いので、親近感がある


ちょっとまとめてみる


2008年6月4日(水)19:53 | トラックバック(0) | コメント(0) | 前橋市 | 管理

前橋市山王廃寺その1

前橋市総社町山王廃寺
7世紀後半に建てられた、古代東国では最古級の寺院跡で、現在は日枝神社が建っている
「山王」の名はこの日枝神社のことであり、周囲には字昌楽寺廻という地名もある
この昌楽寺が、後の山王廃寺、放光寺とされているが、昌楽寺自体は治承4(1180)年に焼失している



以前見学に訪れた際は、この石製鴟尾や根巻石、塔心礎程度しか見ていなかったのだが・・・


昨年11月23日に、発掘調査の現地説明会があり、そこで改めてこの廃寺のすごさを知った
群馬の古代史をかじった人間ならよく知っている「放光寺」の瓦が、目の前にあったのにはとてもワクワクした



法隆寺五重塔内に、釈迦の入滅を描いた塑像のジオラマのようなものがあるのだが、ここ山王廃寺にもそういったものがあったともみられているらしい
そして、その塑像の破片がこれだということである



このあたりの金銅製品は、は古墳の副葬品にも通じるようだ
まぁ、宝塔山古墳や蛇穴山古墳の被葬者が、山王廃寺の建立に関わった豪族だともいわれているくらいだし



2008年6月4日(水)19:48 | トラックバック(0) | コメント(0) | 前橋市 | 管理


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